翌日は5:20にテン場をスタート。
快晴がうれしい。
昨晩雨にはならなかったけれど、結露でテントの重量は倍に。
食料が多少減っても相変わらず荷が重いわけだ。
朝日を浴びる槍穂高を横目に、前日ライチョウらしき声がしたあたりで遭遇できればと念じながら、まずは蝶槍までのなだらかな稜線を辿ります。
思惑通り、まずはホシガラス、次にライチョウの親子に遭遇。
幼鳥はハイマツに逃げ込み、撮影はなりませんでしたが、警戒を怠らない親鳥は終始位置を変えないので、落ち着いて撮影。
これで目的の一つは達成したので、早々に次の目標の常念岳へと向かいます。
常念岳は登山を始めた2年後、10月下旬に一ノ沢から日帰りして以来。蝶槍から以遠は未踏です。
ここからは地図を見てもわかるように実際の登高もアップダウンの連続。
なかなか厳しいコースでした。
11:22山頂着。
スタートから6時間。随所で撮影があったとはいえ予定より1時間オーバーです。
27年前の記憶とは全く異なる山頂の佇まいに戸惑いながら暫し休憩。
槍穂も山頂付近には雲が掛かり、展望は既に十分楽しんだので早々に腰を上げました。
ここからは予想以上に厳しい下山。
前常念岳までは花崗岩の不規則なブロックが複雑に折り重なる尾根筋を不明瞭な踏み跡とペンキマークを頼りに下ります。
それでも見え隠れする先行者と、時折すれ違う対抗者に勇気づけられながら前常念岳着。
実はこの少し手前で不思議な出会いがありました。
上空は晴れていますが、常念沢から噴き上げる濃いガスが尾根を包み、時折視界が無くなる中から青年らしき二人の影が現れました。
踏み跡を譲ってくれながら軽快に横を過ぎゆく青年たちに挨拶をした刹那、一瞬目を疑う光景が飛び込んできました。
「バドミントンスタイル」。最初に閃いた言葉がそれでした。
一人の青年は白のカッターシャツ、黒のウールらしきズボンとヴィンテージものの綿のリュックサックにくくりつけた同色の上着。足回りはゲートルと地下足袋。ベルトも古色に艶の出た皮製。頭部は綺麗に刈り上げた七三分け。極め付けは鼈甲のロイドメガネと口髭。
どう見ても明治、大正、昭和初期の出立です。
当初は串田孫一さんの「山歩きの楽しみ」という本に出ていた「バドミントンスタイル」に酷似しているのでそれかと思いましたが、どちらかというと昭和初期のそのスタイルというより明治末から大正にかけての登山家、加賀正太郎や辻村伊助といったヨーロッパに遊学した階級の出立ちを意識したものだったのかもしれません。
いずれにせよ備品もアンティークにこだわり、スタイルも徹底したその姿勢には敬服。またあくまでさわやかに着こなす違和感の無さにも好感を持ちました。
前常念岳からの長く辛い下りも、こういった出会いや野生生物たちの健気な生き方に励まされ、無事にこなすことができたことに感謝です。

黎明。雲海の上に我らが八ヶ岳連峰が浮かぶ。

夜明け直前の朝焼けと同宿のテント村のシルエット。

曙光が差した瞬間。広いテントサイトを持つ蝶ヶ岳山頂ならではの光景。

今回も槍ヶ岳のモルゲンロートを拝めた。

涸沢カールを囲む三山も朱に染まる。左から奥穂高岳、涸沢岳、北穂高岳。

テント場を出発してまず向かうのは常念岳。

穂高の三山もすっかり陽に照らされた。きっと多くの登山者で賑わってるんだろうね。

振り返れば去年登った乗鞍岳と奥に国内3,000m峰で唯一未踏の御嶽山。来年の課題かな。

ハイマツ帯ではホシガラスが集まって盛んにハイマツの実を捕食していた。とにかく警戒心が強く、撮影しずらい鳥。50%にトリミング。

ほどなく雷鳥の鳴き声がして、姿を現した。手前側に幼鳥たちがいたらしく、親鳥が鳴いて注意を逸らす間に幼鳥たちは一目散にハイマツの陰に走り込んだ。もう少し注意深く見ていれば良かったと悔やむ。

それでも100-400mmズームとミラーレス一眼で狙うのはこれが初めてなので逃げられないことを祈りながら必死に撮影。結果はそんな懸念も杞憂で、母鳥は一向にこの場所を動かない。多分自らに注意を惹きつけ、且つ幼鳥たちの動静を見守りながらこちらの出方を伺っているようだった。一定数撮った後、ザックを下ろし、体勢を低くして何とか10mぐらいまで近づくことができた。400mmテレ端が生かされ感激だった。50%にトリミング。

長居してこれ以上のストレスを与えることは避けたいので、10分ぐらいでライチョウ撮影は切り上げ先に進む。しばらくは槍ヶ岳が道連れだ。

蝶槍の先は樹林帯の下り。鞍部の池にルリビタキの幼鳥らしき小鳥が飛び回っていた。すぐ近くの灌木のブッシュの中でメボソが鳴いていて姿も確認できたが、R6mark2のAFは捕捉しきれなかった。残念。(まだメボソの写真は無い)50%にトリミング。

樹林帯を抜けた2512mピーク手前の斜面でテントを干す。フライシートはコーティングのせいか水切れが悪く、生乾きのまま再収納。2本のトレッキングポールは数々のプライベート山行を共にした盟友。モデルが揃わないのには話せば長い理由があるが、ここでは触れない。

今回持ち歩いた機材。Canon R6markⅡ+EF100-400 F4.5-5.6L IS Ⅱ USM。マウントアダプターを入れるとバッテリー込みで約2.5kgとなる。本当はOMシステムのマイクロフォーサーズあたりが手頃なんだろうけど、ないものはしょうがない。
ザックはオスプレー・イーサー60。容量が大きいので収納に余裕があるのはいいが、本体重量が重く夏山の一泊山行にはオーバースペックかもしれない。今回カメラ機材込みで16kgぐらいの荷物だったから、45リットル〜50リットルぐらいの容量で、ウルトラライトの製品があればベターだ。

ピークを超えると男性ばかりの高齢登山者のグループが上がってきた。なぜか無愛想である。老人はこれだから困る。

常念山頂への稜線が見えてきた。山頂に着くまで晴れてくれれば良いがと願う。まだ先が長いね。

だいぶへばったので、再度休憩をとりテントを乾かす。これでようやく当たり前の重量になった。ここからは山頂までは一息に登ろう。

登山道の真ん中、まさに足元にイワヒバリの幼鳥が佇んでいた。2mぐらいの距離から撮影。

越えてきた縦走路を振り返る。気づかなかったが、一人の青年が追いついてきている。「タイランド」から来たといっていた。

トウヤクリンドウはあちこちに咲いていたが、傷み始めたものが多く、ここでようやく絵になる株に出会えた。

ようやく山頂。日差しが強く参った。

祠との対面も27年振りである。当時山座方位盤は無かったような。

奥に大天井岳。手前の尾根は右のピーク東天井岳から伸びる稜線。大天井岳の開放感あふれる縦走路はぜひ歩いてみたい。

イワヒバリの成鳥。愛想無し。50%にトリミング。

山頂は日差しが強く居心地が良くないのとまだ先が長いので早々に下山に掛かる。奥の矢羽方向に進むと前常念岳。

前常念へと続く縦走路。歩きにくいことこの上なし。

稜線上でさりげなく道を譲ってくれた青年の一人。出立ちが「バドミントンスタイル」に酷似していたので、思わず声をかけて撮影をさせてもらった。

頭の先から爪先まで徹底したレトロぶりである。シャツ、ズボン、上着までは「バドミントンスタイル」だが、ゲートル、地下足袋はもう少し前の時代を感じさせる。惜しむらくは足元も見えるように撮ればよかった。
若き日の三枝威之介、小島烏水、穂苅三寿雄氏あたりの写真と言われても違和感はない。

同行の友人とともに。やはり中身は今風のさわやか青年たちである。

前常念岳直下の避難小屋。10人ぐらいは入れるようだが、先を急ぐあまり中を覗くことはしなかった。

この時期チングルマは既に綿毛になっていた。

ネバリノギランも紅葉している。

突然足元からオスのライチョウが顔を出した。件の青年たちから少し先で見かけたとの情報もあったので、淡い期待はあったがまさかこの距離で出会えるとは思わなかった。

こちらの存在にも動じることなく枯れた草の実をつついたり、黒豆の木の未熟の実を啄んだりしている。

最終的には2〜3mの距離で撮影できた。解像も十分。

撮影していると対向者もやってきたが、注意喚起して一緒に撮ってもらった。5分ほどでハイマツの中に消えていったが、その後もガスの中から鳴き声が続き、後ろ髪を引かれる思いでこの場を後にした。

避難小屋から先はこんな荒れた斜面が樹林帯まで延々と続く。この写真を撮影時点で13:30。ここから三股までさらに5時間の下山が待っていた。
蝶ヶ岳ヒュッテで補給した2リットルの水はここまででほぼ消費。この先は500mlのペットボトル一本で凌ぐという難行苦行。幸いガスに巻かれる樹林中はまさに「霞を食う」感じでクールダウンしながら下った。
(※蝶ヶ岳から常念岳経由で三股まで、あるいはその逆コース、常念小屋に立ち寄らない場合は途中に水場がないので十分な水の携行をお薦めします)
