地元のガイド協会に属していると、時々山岳関係者の訃報が転送されてきます。
芳野満彦さんは日本人で初めてヨーロッパアルプスの三大北壁を登った方で、1965年に高田光政さんとパートナーを組んで挑んだマッターホルン北壁登攀はその後の悲劇と共に余りにも有名です。
(マッターホルン登頂後、芳野さんは足の切断面からの出血が激しく登攀を続けられないため、高田光政さんは別のパートナーと共にアイガー北壁を目指しましたが、登攀中墜死しました)
芳野さんは17歳の時友人と二人で南八ヶ岳縦走を計画し、悪天候と装備不足の為遭難した経験があります。その際友人を失い、ご自身も両足指を凍傷で失いましたが、その後懸命のリハビリを重ね、復帰後穂高を中心に多くの登攀記録を残しました。
若き日の八ヶ岳遭難の顛末は手記に残され、その悲壮な状況と心情が綴られた内容は今でも読むことが出来ます。
(朋文堂刊「山靴の音」/新編 山靴の音 (中公文庫BIBLIO)に収録。共に古書)
毎日眺めているふるさとの山々にも遭難を含め多くのドラマが刻まれているのですね。
芳野さん、享年80歳。ご冥福をお祈り致します。
久し振りに穏やかに晴れた八ヶ岳。それでも白銀に雪化粧した阿弥陀と赤岳の峰は酷薄な美しささえ漂わせている。