山麓の雪もようやく消えてきたので、なじみのコースのノルディックウォーキングを始めてみた。
といっても半分は山道なので正確な意味でのノルディックウォーキングではなく、あくまで「ノルディックウォーキングもどき」の歩き方に終始するのは仕方が無い。
この時期は四時半頃から始め約二時間歩く。
ちょうど薄暮から日没にかけてのこの時間帯は、静かで日の傾きとともに色彩が変化してゆく景色も魅力だが、またもうひとつの楽しみも味わえるかけがえの無い時間でもある。
鹿が群れている。
三十頭から五十頭が夕暮れの斜光線を浴びて一斉に草を食む光景は静謐な古典の静物画を見るようだ。
歩みを緩めてそっと近づいてゆく。
最初は数頭が気づき、やがて群れのすべてが顔をもたげてこちらを凝視する。
こちらも立ち止まって息をひそめる。
カメラを取り出し、数枚シャッターを切る。
まだ遠い、また数歩近づく。
途端に鋭い一声。
群れは遁走する。
そして十分な距離を置いてまたひたとこちらを凝視する。
その繰り返しで群れはますます遠ざかり、やがては視界から消えてしまう。
でもなだらかな起伏に沿って連なる灌木林を越えると反対斜面の奥に別の群れが展開しているのが見える。
枯れた牧草に見事に同化したその毛色。
日没寸前の青みがかった夕日がその輪郭を金色に縁取っている。
撮影には光量の乏しくなった夕暮れの山道を今度は気づかれるのも構わず、早足で歩いてゆく。
その勢いに最後の群れがアラスカのカリブーもかくやという数と速度で草地を渡り、林間に消えていった。
後には舗装された歩道歩きの退屈な帰路が待っているだけだ。
まだまだ夕暮れは寒さがしみます。