身近にありながら踏んだことの無い未知のルート。
未踏というには大袈裟すぎるけれど、それでも幾度となくトレースした馴染みのルートにはない期待とささやかな不安とが入り交じったなかに、予想したイメージとの違いに驚いたり、思わぬ植生に出会ったりする。
天鳥沢への下降点から分岐する踏み跡を辿って大日岩へと回ってみた。
瑞牆への徒渉点では枯れていた沢もすぐ上から清冽な流れを取り戻し、初夏の日差しをその表にきらめかせている。その傍らにはキバナノコマノツメやシロバナノヘビイチゴが群落を広げて、こちらも負けじと日の光をその花びらに反射させている。
アスヒカズラ、ホソバミズゴケ、ズダヤクシュ、イワセントウソウ、スギカズラと数えてゆけば、やがて古馴染みの八丁平。
ここからはまさに奥秩父の黒木の美林を逍遙する路となる。
通る人も稀な山道。
時折響く鳥のさえずりが厚く堆積した苔や古木の樹皮からたちのぼる霊気にこだまして、かつてはどこの山もそうであったであろう山気の満ちる異界を現出させている。
記憶に無い岩手前の急な登りと巻き路を過ぎるといきなり大日岩の基部に出た。小さなくぼみにコイワカガミが一叢咲いている。
先程まで近くで聞こえていた登山者の声も岩角を回り込む頃には遠くなり、既にその姿はなかった。
乾いた岩の頂は日差しを浴びて暖かく、微風が心地よい。
彼方には八ヶ岳の連稜と富士、瑞牆と金峰は手が届く程だ。
飽かず山を眺めて岩を降りるまで、とうとう誰も登って来なかった。

ホソバミズゴケ。

花崗岩の岩のくぼみに咲いたコイワカガミ。少しいじけているように見える。

大日岩を見上げて。

その頂から。

樹洞の中の動物の気分?
