峠に差し掛かる少し手前で小さな沢に架かる木橋を渡る。
真夏の日差しに炙られて乾き切った登山道も、埃っぽくうなだれて力無く茂っている林床の夏草も、この周囲だけは水気が充満して季節をひと月巻き戻したかのように瑞々しい。
橋を渡ればそれまで歩いて来た林道も終わり、その周りに広がっていた原生林も途絶えて、暫くはまぶしさに顔をしかめる日差しに晒される。
林が途切れる辺り、まだシラビソやウラジロモミの濃い陰に覆われている場所に木漏れ日を受けて輝く青花が連なって揺れている。
ソバナ、は岨菜を当てるのだろう。
端正な釣り鐘型の筒花を微かに響かせて、それはやはり見る者の体感温度を確実に一度下げる。
Bluebell(ブルーベル)、英語圏の国ではこの花の仲間をそう呼ぶと聞いた。
翌日、やはり暑熱の充満する峠を降りてくると、心なししおれかけたこの花が昨日と同じように木漏れ日の中にひっそりと佇んでいた。
色褪せた青の内にも、どこかで既に夏は終わっている。