3日は初詣に。
混んでいることは予想できましたが、水鳥でも撮影できればとの下心もあり諏訪大社下社春宮を選びました。
湖畔で渋いヒレンジャクにいいようにあしらわれた後、春宮へ。
思いの外静かで、駐車場も数分待つぐらいで停められました。
やはりここは秋宮ほど人気がないのか、いつ来ても閑散としていますが、初詣時期でもこうだとは知りませんでした。
参拝を済ませ、以前から気になっていた「万治の石仏」へと足を向けてみました。
途中砥川を渡るのですが、水がきれいなので驚きます。
この川の上流、和田峠へと向かう国道142号線沿いに樋橋という集落がありますが、ここは幕末の頃、天狗党と松本藩高島藩の連合軍が戦火を交えた場所です。
水戸浪士の殉難碑や墓碑が残っているということなので一度訪ねてみたいですね。
万治の石仏は意外にプライベート感のある畑の中にありましたが、想像していたよりも大きく、なかなかの存在感でした。
この石仏は岡本太郎が1974年に諏訪大社を訪れた際に絶賛したことがきっかけで有名になったという経緯があるそうですが、その後地元の有志たちが登録商標を取ったりして観光化もされたのでしょう。石仏のある敷地入り口には由来とともに「お参りの仕方」なる説明板があり、「万治」に掛けて「万事治る」的な文言を唱えながら周囲を巡るように書いてあることなど、鼻白らむ内容なのはいただけません。
その後それでもと思い秋宮へも向かってみたのですが、手前で通行止め。警備員からUターンするように指示されてとても参拝などおぼつかない状況。
かなり遠くの駐車場から歩かないといけなそうなので、諦めて帰途につきました。
2024年の三が日もこうして終わり、いよいよ本格的な日常が始まりました。
年頭から災害、事故も続きました。
心していきましょう!
湖畔に着いて最初に目に付いたのはアオサギ。何だか蓑を着ているように見えますね。
ケヤキの高い梢に付いたホザキヤドリギから下りてこないヒレンジャク。群れも小さいようです。
この日はしばらく行方不明だったミコアイサも数羽見られました。
同じくカワアイサ。カメラを向けると必死で逃げてゆきます。何もしないのに...。
「万治の石仏」。安山岩の自然石にレリーフで阿弥陀如来の胴体が描かれ、別の石で頭部をしつらえて繋いであります。
頭部。非常にプリミティブな表現ですね。ユーモアも感じます。新田次郎はこの表現をイースター島のモアイに関連づけて、小説にもしているようですが、それは少し飛躍し過ぎでしょう。
胴体に刻まれたレリーフ。右から「右卍、太陽、雷、雲、盤座、月」が描かれているとのこと。この象形文字的な表現も縄文を愛した岡本太郎好みだったのでしょうね。